2008年2月24日日曜日

ごはんふたたび

あるおかあさんが言いました。

あんなに食べないのを気にして、あれこれ一所懸命がんばったけど、
大きくなったらなんでも食べたわ。
離乳食、あんなにがんばることなかったんや。

別のおかあさんが言いました。

他の子は野菜食べないって困ってる。
わが子は何でもよく食べて、
離乳食、がんばった甲斐があった。

ともに私が、離乳食の悩みを聞いてきたおかあさんです。
離乳食の工夫をお話してきたおかあさんです。
いわゆる、離乳の完了期に到達したおかあさんです。

やってきたことも、結果も、
たぶんそう大きくは違わないと思います。
なのに、この言葉の違いの大きさはどうでしょう。
この言葉を聞いた時、離乳食初心者のおかあさんはどう思うでしょう。

努力しても無駄だ。
努力は報われる。
おかあさんの気持ちは、必ず子どもへの気持ち、態度、言葉に現れます。
子育ての後輩たちに引き継がれます。

あなたは、子どもや子育ての後輩たちにどんな言葉を残しますか。
実は、自分の子どももまた、子育ての後輩であることに気付いていますか?


2008年2月20日水曜日

ごはん

・・・言葉もない。
誠に申し訳なく、ブログとは名ばかりのこの体たらく。
ごめんなさい。
困ったと言われれば何としてもとんで行きますが、
書類やホームページはついつい後回し。
助産師の基本は体を使った仕事とご理解いただければ幸いです。
いい訳です・・・。

かろうじて「つきいち」は堅持しよう!!

社会では自殺する若者が増えている
今朝着た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨
傘がない

記憶は正確ではないかもしれませんが、井上陽水の歌の一節です。
子育てはまさにこの状況でしょう。
社会から隔絶され、
子との濃厚な生活に幸福感を覚える人もいれば、閉塞感に苦しむ人もいるでしょう。
受け止め方はさまざまで、そのための子育て支援もさまざまであるべきなのに、
予算を組んで計画的に、となると画一的にならざるをえないのですね。

その穴埋めのために私は動いている・・・つもりです。
役立っているかどうか、社会的に認められているかどうかは別にして、
自分では満足し、ありがとうと言ってくださる方がある内は、
今の活動を続けようと思っているのです。

・・・って、今日はごはんの話をするつもりでした。
でも、これからふたごちゃんの会です。
すみません。
近日中にがんばります。


2008年1月9日水曜日

あけましておめでとうございます

2008年、健やかにお迎えですか?
お正月は大きな節目、家族にとっての大きなイベントになりましたか?

店もすぐ開き、別にお正月支度なんてしなくても・・・と考えがちですが、
一年の生活にけじめをつけることは、
一日の生活の中でリズムを作ることと同じくらい
大切にして欲しいなぁと思うのです。

お正月にしか食べられないもの、お正月にしかしないこと、お正月にしか会えない人、
そんなものをつくりませんか?

年明け早々、大食いの相談を受けました。
食事内容をお正月料理に例えて話していたとき、
ご両親が、そういえば・・・なます・・・が気に入っていたと話してくださいました。
なますのバリバリが食べられる子だったら、
もういろんな硬いものが食べられますよね。
硬いものを食べると、食事に時間がかかり、早食いが改善、大食いも改善。
問題解決の糸口発見です。

子どもには子どもの好きなものがあるんだと知ることもまた、
子離れの一つでしょう。
それを認めることのできる「大人」になれるよう、親も日々努力しなければ!!!
これは私自身の課題です。


2007年11月28日水曜日

いくつですか?

いくつですか?
指で応えようとしたのに、うまく3本の指を出せなかった少年。
知らない人とは口を利かないので、とお母さん。
しばらくお母さんとお話をした後、もう一度少年に質問。

「おなまえは?」・・・・・・「さんさい!」・・・・・・「やったぁ!!」

少年の心には、年を教えなければという使命のようなものが芽生えていたのでしょうか?
私はうれしすぎて、お母さんより先に、よく言えたよく言えたとほめちぎってしまいました。
お母さんも、知らない人に口を利いたと感動!です。
使命を達成した少年は満足感でいっぱい。
それを母に認められ、少年の心は大きく育ったことでしょう。

子どもの時間は、大人とは違う流れ方をするようです。
瞬時に過ぎ去ったり、やけに長くとどまったり。
だから、今ごろ何を言ってるの、何をしてるの、と言いたくなるような言動をとります。
でも、意味のない行動はないのです。
大人が気付くかどうかなのです。

日々はその繰り返しの中にあります。
できた自分を人から認められ、自分を認める。
そこにプライド、自尊心、自尊感情、言葉は何でもいいのですが、
自分を大切にする気持ちが生まれ、育ち、
それが他の人間や、事物に向けられていくのではありませんか。

認められれば、もっと認められたくて、また何かをする。
人はそうして成長していくのではありませんか。

日常のささやかなことを大切にして、子どもの能力を高めてください。
人任せの早期教育ではなく、生活に根ざした躾(しつけ)こそが
学習能力の向上に役立つものだということを、
学力低下、学校教育の問題が論じられる今だからこそ強調したいと思います。

最後の一文は蛇足です。


2007年10月28日日曜日

いい子を育てよう


いい子とは …

今、あなたの胸は期待でいっぱい。
助産師が認めるいい子の範疇に、わが子は含まれるのか。
わが子にどれくらい、いい子の要素があるのか。

その答えは、詰まるところ、
自分の子育てが正しく進行しているのかどうかを知りたい
ということだと思うのですが、違いますか?
「これでいいのか」いつもいつも、母は考えています。
何か不都合な状況が生じたとき、失敗したのかと、つい考えてしまうのです。

子育ての評価は、子どもが中学生になったときに下されると、
ある評論家が言い、私自身も感じました。
中学時代 ― 自分の将来を自分で選び、その実現のための行動を起こす時代。
そこへと続く道について述べるのは、次の機会にして、
とりあえず、今このとき、いい子とは????

よく寝る子
お行儀よく食べる子
毎日うんちを出す子
元気よくご挨拶できる子
親から離れて友達と遊べる子

逆に、こんなことができない子はいい子ではないのでしょうか。
  いつかできるようになりますよ。
  いつかって、いつですか。
  学習できたときですよ。
  学習させるのにはどうしたらいいですか?

お母さんやお父さんがして見せてください。

そして、できないときは少し手伝ってあげてください。
  靴下のはき口を少しだけ広げる。
  靴のかかとに手を添える。
  ちょっとだけ手伝おうか?と声をかける。

少しでもできたら、ほめてあげてください。
  ギャーギャー泣きわめいて、暴れまくって、手に噛み付いても、
  最後まで歯を磨けたら、しっかり目を見つめて「おしまい!よくできました。」
  ついでに、ぎゅ~っとだっこ。
  靴が左右逆でも、ボタンがずれていても、自分でできたら「やったね!」
  そのまま出かけて、よその人に「これ、この子が自分でしたんです。すごいでしょう!」と自慢。
  ほめるとは、そういうことですよ。

失敗したら、励ましてください。
  がんばったね、次はうまくできるよ。
  あら~惜しかったね。もうちょっとだったね。

いい子だと心から信じることは、親にしかできないのではないでしょうか。
信じてくれる人がいるとき、人は強くなれるのではないでしょうか。

写真は、1歳8ヶ月の子がパンツをはじめてはいた記念撮影です。
パンツがはけた、パンツがはけたと喜ぶ母は、あほみたいですか?

次回は、プライドについて考えます。